哲学、読書、演劇、思ったこと。

谷翔です。読書メモ以外はnoteで書くことにした→https://note.com/syosyotanisho10

『別れ話』

『別れ話』

則太(のりた):29歳男
明佳音(あかね):30歳女
恋人、付き合って3年

明佳音の部屋
明佳音、部屋の床に座っている
則太、2人分のカップティーパックとお湯が入っている)を持って部屋に入ってくる

則太「(部屋に入りながら)この前、弟がメシ誘ってきてさ」
明佳音「ふーん」
則太「4人で、って(テーブルにカップを置いて明佳音の隣りに座る)」
明佳音「4人?」
則太「弟の彼女と、明佳音と、って」
明佳音「あぁ、そうなんだ」
則太「うん」
明佳音「ごめん。それ行けないと思う。断っておいて」
則太「断ったよ」
明佳音「え?」
則太「え? 断ったよ」
明佳音「なんで?」
則太「え、断っていいんじゃないの?」
明佳音「いいけど、なんで断ったの」
則太「いや、なんか、気まずいなぁって」
明佳音「(黙る)」
則太「そういうの苦手だからさ」
明佳音「そうだね、苦手だね」
則太「うん、苦手」
明佳音「でも、そんなもんなんじゃないの?」
則太「そんなもんって?」
明佳音「気まずいの。多少は気まずいもんなんじゃないの?」
則太「うーん、まあ、そうかもしれないけど」
明佳音「気まずいけど、みんな、やるんだよ、そういうの」
則太「うーん、そういうもんかー」
明佳音「うん」
則太「いやー、みんな偉いなぁ」
明佳音「(黙る)」
則太「え、でも、断っといてって言ったよね、さっき」
明佳音「うん、言った」
則太「明佳音も行きたくないってことじゃないの?」
明佳音「うーん」
則太「あ、仕事忙しい?」
明佳音「いや、そういうんじゃない」
則太「ふーん?」
明佳音「あのさ」
則太「ん?」
明佳音「もういいかも、私」
則太「もういい?」
明佳音「私たち、別れる?」
則太「え?」
明佳音「別れる?」
則太「え? え? え? どういうこと?」
明佳音「別れるのがいいんじゃないか、って」
則太「なんで? なんでそうなったの? ご飯の誘い断ったから?」
明佳音「ちが……くもないけど、違うよ。前から考えてた」
則太「え、そうなの?」
明佳音「気づかなかったでしょ」
則太「気づかなかった……っていうか、いや、えー?」
明佳音「だから、ね?」
則太「いやだ」
明佳音「ふーん」
則太「ふーん、って」
明佳音「(黙る)」
則太「なんで? なんで別れようと思ったの? っていうか、どうすればいい? どうしたら別れないでいられる?」
明佳音「うーん」
則太「できること頑張るから、別れなくてもいいように」
明佳音「別れなくてもいいように」
則太「うん、別れなくてもいいように」
明佳音「別れるよ」
則太「えぇ?」
明佳音「別れる」
則太「(黙る)」
明佳音「別れるよ、私たち」
則太「別れるよって、予言者じゃないんだから」
明佳音「予言者だよ」
則太「へ?」
明佳音「予言者だから」
則太「何言ってんの」
明佳音「ふふ」
則太「予言しないで」
明佳音「なんで?」
則太「なんか、洗脳されそう」
明佳音「されてよ」
則太「されないよ」
明佳音「されて」
則太「(黙る)」
明佳音「(黙る)」
則太「本当に別れたいの?」
明佳音「(黙る)」
則太「ねえ、本当に別れたいの?」
明佳音「(黙る)」
則太「明佳音」
明佳音「(黙る)」

則太、明佳音が口を開くのしばらく待つが明佳音は何も言わない

則太「クソ女」
明佳音「えぇ!?(笑)」
則太「クソ女」
明佳音「珍しいね(笑)」
則太「クソ女」
明佳音「そんなこと言うの珍しい」
則太「クソ女」
明佳音「ふん(笑)」
則太「クソ女」
明佳音「やめなよ」
則太「クソ女」
明佳音「やめなって」
則太「クソ女」
明佳音「やめた方がいいと思う」
則太「クソ女」
明佳音「(黙る)」
則太「クソ女」
明佳音「(黙る)」
則太「クソ女」
明佳音「(黙る)」
則太「クソ女!」
明佳音「(黙る)」
則太「クソ女!」
明佳音「やめて」
則太「クソ女!」
明佳音「やだ」
則太「クソ女!」
明佳音「やだ!」
則太「クソ女!!」
明佳音「やだって!!」
則太「ク(ソ女!!)」
明佳音「ああ!!!」

則太、明佳音ともに黙る
お互い無言のまま少し時間が過ぎる
則太、頭を抱える

明佳音「意味分かんない」
則太「(黙る)」
明佳音「ほんとにヤなんだけど」
則太「(黙る)」
明佳音「(黙る)」
則太「ねえ」
明佳音「(待つ)」
則太「なんで明佳音のうちでこんな話したの?」
明佳音「こんな話って」
則太「別れ話」
明佳音「なんでって? どういうこと?」
則太「出ていくの、こっちじゃん」
明佳音「(まだ理解していない)」
則太「最後に家を出ていかなきゃいけないのはこっちじゃん、ここは明佳音の家なんだから」
明佳音「あぁ」
則太「別れたいのはそっちなのに、別れるための最後の行動はこっちが取らなきゃいけない。うちで別れ話してくれたら明佳音がうちを出て終わりになるのに。その方が単純なのに」
明佳音「別れたいの?」
則太「え?」
明佳音「別れたくなったんでしょ」
則太「いや、別れたくないって話をしてるんだよ」
明佳音「だって、さっきから別れる前提で話してるじゃん」
則太「え? どうしてそうなるの?」
明佳音「別れるならどっちの家でがいいかって話でしょ?」
則太「いや、それは」
明佳音「それに、クソ女って、捨て台詞じゃん(笑)」
則太「いや、うーん」
明佳音「(黙る)」
則太「別れたくないよ」
明佳音「(黙る)」
則太「別れたくない」
明佳音「(黙る)」
則太「じゃあずっとここにいるよ?」
明佳音「帰って」
則太「やだ」
明佳音「帰りなさい」
則太「やだ」
明佳音「駄々っ子かよ」
則太「駄々っ子だよ」
明佳音「はぁ?」
則太「ここにいる」
明佳音「あー、ごめん、うちで別れ話したのはごめん。それは謝る。だから帰って」
則太「やだ」
明佳音「はぁ、なんか本当にめんどくさくなってきた」
則太「(黙る)」
明佳音「気持ち悪くなってきた」
則太「体調?」
明佳音「いや、則太が」
則太「あ、そう」
明佳音「(黙る)」
則太「ほんとは別れたくないんでしょ?」
明佳音「は?」
則太「別れたくないから自分のうちで別れ話したんでしょ?」
明佳音「それはない」
則太「(黙る)」
明佳音「それはないよ、マジで」
則太「そっか」
明佳音「(黙る)」
則太「なんで?」
明佳音「なにが」
則太「なんで別れたくなったの?」
明佳音「好きじゃなくなった」
則太「なんで好きじゃなくなったの」
明佳音「なんでも」
則太「分かんないよ、それじゃあ」
明佳音「いいよ、分からなくて」
則太「恋人だったよね?」
明佳音「恋人だったよ」
則太「好きだったんだよね?」
明佳音「好きだったよ」
則太「なんで好きだったの?」
明佳音「それは」
則太「(待つ)」
明佳音「一緒にいて楽しかったし」
則太「うん」
明佳音「いろんな話できるし」
則太「うん」
明佳音「刺激があった」
則太「刺激」
明佳音「私と則太が違うから」
則太「違うから刺激があった?」
明佳音「うん。一緒にいると、面白かった」
則太「(黙る)」
明佳音「でも、2人でいるのはもういい、って思った」
則太「2人でいるのはもういい?」
明佳音「則太は、私と2人でいたいんでしょ?」
則太「うん」
明佳音「他の人はいらないんでしょ?」
則太「いらない?」
明佳音「うん」
則太「いらないっていうか、いや、まあ、2人でいるのが特に楽しいとは思うよ。でも、他の友達も一緒に遊びに行ったり飲みに行ったりしたこともあるし、それも楽しかったよ」
明佳音「でも、べつにそんなの無かったら無かったでいい、って思ってるでしょ?」
則太「それは、まあ、そうかもしれない」
明佳音「楽しいよ、もちろん、2人でいるのは。家で2人で過ごすのも、時々どっか出掛けるのも楽しいよ。仕事終わって疲れたら、あぁ早く則太に会いたいなぁって思うよ。あぁ、今日は則太の仕事が休みだから、帰ったら則太がいて、則太がご飯つくってくれてるんだなぁ、嬉しいなぁって思うよ」
則太「うん」
明佳音「でも」
則太「うん」
明佳音「なんていうか」
則太「(待つ)」
明佳音「この世界に私と2人だけになってもいいって思ってるよね?」
則太「(黙る)」
明佳音「他の人が全員死んじゃっても、2人でいられるなら全然いい、くらい、思ってるよね?」
則太「(考えてから)うん、たしかにそう思ってる、かもしれない」
明佳音「だよね、やっぱり、そうだよね」
則太「うん、そうだと思う」
明佳音「私は、この世界にあなたと2人だけになるのは嫌です」
則太「(黙る)」
明佳音「私には、あなた以外にも大切な人がたくさんいます。親とか、家族とかね。その人たちにこれからも生きていってほしいし、時々は会いに行きたいし、その人たちに幸福でいてほしいって思ってる。で、私も、その人たちからそう思われててほしいって思うし、そう思われてるって思う。私は、その人たちにこれからも私のこと思っていてもらいたいし、私もその人たちのことを思っていたいって思う。パートナーになる人には、私にとって大切なその人たちのことをちゃんと認めてくれる人であってほしいし、私がその人たちのことを大切に思ってることを認めてくれる人であってほしい。それで、そのパートナー自身も、私と同じように思ってる人がいい。私と同じように自分の家族とか、人のことを思ってる人がいい。他人は関係ないっていう人はイヤ。俺だけを見てっていう人はイヤ」
則太「(黙る)」
明佳音「私には、あなた以外にも、たくさんの人が必要なんです」
則太「(黙る)」
明佳音「だから別れてください」

則太、しばらくのあいだ何も言えずにいる
明佳音も黙っている

則太「分かった」
明佳音「分かってくれた?」
則太「うん、分かった。明佳音が言ってることはものすごくよく分かった」
明佳音「そっか」
則太「うん」
明佳音「じゃあ、帰れる?」
則太「うん、それなんだけど」
明佳音「ん?」
則太「分かったけど、帰れない」
明佳音「(黙る)」
則太「体が動かない」
明佳音「あのね」
則太「動かない」
明佳音「あのね、体は動くよ」
則太「動かない」
明佳音「体は動くんだよ」
則太「いや」
明佳音「分かったなら、動くはずだよ。で、きみは、分かったんだよ、私の言ってることが」
則太「(黙る)」
明佳音「ほら、膝が立つよ、今」
則太「(動かない)」
明佳音「膝が、立つよ」
則太「なに、また予言?(笑)」
明佳音「そうだよ」
則太「ふん(笑)」
明佳音「立つ」
則太「立たない」
明佳音「立つ」
則太「立たない」
明佳音「立て」
則太「あ、予言じゃなくなった」
明佳音「(則太の顔を見る)」

則太、明佳音に見られながら無言でしばらく考える

明佳音「膝が、立つ」
則太「(動かない)」
明佳音「(待つ)」
則太「(片方の膝を立てる)」
明佳音「そっちの膝も、立つよ」
則太「(もう片方の膝を立てる。体育座りの形)」
明佳音「お尻が浮くよ」
則太「(お尻を浮かせる)」
明佳音「膝が、伸びる」
則太「(膝を伸ばして立ち上がる)」
明佳音「右足が、玄関の方へ、動く」
則太「(右足を玄関の方へ踏み出す)」
明佳音「左足も、玄関の方に行くよ」
則太「(左足を玄関の方へ踏み出す)」
明佳音「そのまま、歩くよ。きみは、歩くよ」
則太「(玄関の方へ歩く)」
明佳音「(黙る)」
則太「(立ち止まる)」
明佳音「(黙ったまま)」
則太「(再び玄関の方へ歩き出す)」
明佳音「(黙ったまま)」

則太、玄関で靴を履き、部屋の方を向く(明佳音は死角にいるので見えない)
明佳音、リビングで座ったまま則太の方を向いている(則太は死角にいるので見えない)

則太「明佳音に、何もしてあげられなかった」
明佳音「え?」
則太「明佳音のこと、考えてあげられなかった。思いやってあげられなかった。明佳音が幸せになるために、何もしてあげられなかった」
明佳音「そんなことしなくていいんだよ」
則太「もらってばっかりだった。明佳音から」
明佳音「卑屈にならないで」
則太「なってないよ」
明佳音「なってるよ」
則太「クソ女って、言った」
明佳音「言ってたね」
則太「ごめん」
明佳音「傷ついたからね」
則太「うん、ごめん」
明佳音「則太」
則太「(明佳音の方に注意を向ける)」
明佳音「則太は、幸せになるよ」
則太「(黙る)」
明佳音「他人のことを信用するようになって、幸せになるよ」
則太「(黙る)」
明佳音「これは予言だよ」
則太「(黙る)」
明佳音「私の予言は当たるからね。別れるっていう予言も当たったし」
則太「予言というより、マインドコントロールだ」
明佳音「あはは」
則太「ふふ」
明佳音「サイコだね」
則太「オカルト」
明佳音「あはは」
則太「オカルトクソ、サイコ女」
明佳音「ちょっと」
則太「ごめん」
明佳音「ただのクソ女よりましか」
則太「どうかな(笑)」
明佳音「んー?」
則太「ごめん」
明佳音「いいよ」
則太「明佳音も、幸せになって」
明佳音「人の心配はいいから」
則太「いや、心配っていうか、願ってるから」
明佳音「そう」
則太「うん」
明佳音「ありがと」
則太「いや、うん」
明佳音「あ、そうだ」
則太「なに?」
明佳音「予言してよ」
則太「え?」
明佳音「私が幸せになること、予言して」
則太「え、予言とかしたことないし、当たらないよ」
明佳音「大丈夫」
則太「明佳音、自分でしなよ。私は幸せになるって。当たるんでしょ?」
明佳音「自分のことを予言しても意味ないよ」
則太「そうなの?」
明佳音「そう」
則太「いや、でも、予言される側の人が予言の内容を決めちゃって、意味あるのかな」
明佳音「あるよ。大丈夫」
則太「そう?」
明佳音「予言するのは則太だから、あくまでも」
則太「うーん、そうか」
明佳音「うん」

則太、少しのあいだ沈黙する

則太「明佳音は、幸せになる」
明佳音「(黙る)」
則太「他人にちゃんと愛されて、幸せになる」
明佳音「……ありがとう」
則太「うん」
明佳音「(黙る)」
則太「それじゃあ」
明佳音「うん、それじゃあ」

則太、ドアを開け、出ていく
ドアが閉まる
明佳音、テーブルの上のカップを無意識に手に取り飲もうとするが、直前で飲むのをやめて、2つのカップをキッチンに持っていく
ティーパックを一つずつシンクのくず入れに入れ、カップの中のお茶を捨てる
2つの目のカップの中身を捨て終える前に捨てるをやめ、カップを見つめる

明佳音「(ひとくち飲んで)にがっ(と言ってすぐ残りを捨て、カップを洗い始める)」

終わり


実際にお芝居した動画→https://m.youtube.com/watch?v=ExxgJROrXZo