哲学、読書、演劇、思ったこと。

谷翔です。読書メモ以外はnoteで書くことにした→https://note.com/syosyotanisho10

死者

死者に向けてうたうとき、
どうすればいいのか分からない。

死者に対しては、
自分を繕ったりできない。

ただただ、
そこで、
着の身着のままで、
立っていることしかできない。


生者が能天気に見える。
そして、私自身も生者である。

喜ぶことも、悲しむことも、嘘に思える。
生者の絶対的な軽さを感じる。
死者の前では何をしても恥ずかしい。

死が「重い」わけではないのだろう。
死に重さはない。よって軽さもない。
だから、生者の中途半端な重さが余計なものに思える。


生きるとはなんなのか。
死者を目の前にして、
どうして、生きるなどということができよう。


しかし、生きている者が自ら死ぬことは、罪である。

(とは言え、死んだ瞬間、彼は罪人ではなくなる。死そのものは罪ではないからだ。生から死へと自ら「移行」することが罪なのである。)

だから、私たちにできるのは、
ただそこで立っていること。

何もせず、
黙って、
いることだけである。