哲学、読書、演劇、思ったこと。

谷翔です。読書メモ以外はnoteで書くことにした→https://note.com/syosyotanisho10

ザバァーと

佐野洋子は、幼稚園の時にブランコに乗っていたら隣の男の子がブランコを横にゆらして佐野のブランコにぶつけて来た、というエピソードを話したあと、男に対してどんな注文があるか、という話を続ける。その最後のあたり。

「私やっぱり暴力というのは嫌だ。なぐられて痛いとか、恐いとかいうのではなくて、暴力によってしか表現出来ないものを持っている人の心が読めないから恐いのだ。まだこの世が混沌として天も地も分かれていなかったところからザバァーと起き上がって来るものを見るような気がするのだ。文明人はもはやそれを理解する能力を失っているから対処が出来ない。野蛮だから恐いというのではない。文明人になってしまった私は、暴力を前に理解不能になっているのが哀しくなるのだ。ブランコを横ゆらしにぶつけて来た男の子が、心の中に何故そうせずにいられなかったかということがわからなかったから、私は不気味だったのだ。
 うーん。かと言って話せば何でもわかるっていうのも本当かしらん。どうしてもことばでは伝えられないものも人には確かにあるし、なければ面白くないなあ。
 うーん。やっぱ、私、何にも注文ないわ、だって人間って本当にわけがわからないもの。私はあの幼稚園の男の子が忘れられない。謎のままだから忘れられない。」(『ふつうがえらい』)

わし、佐野洋子、好きなんだよね。

暴力って、なんだろうな。
「暴力はダメ」、とわしは思わないけど、それはなぜなんだろう。

①「〜しないでほしい」
②「〜してはいけない」

わしは、殴らないでほしい、とは思う。
でも、殴ってはいけない、とは思わない。と言うか、僕には、思うことができない。

「〜しないでほしい」は、単にその人の気持ちだ。その人がそう思っているだけのこと、だ。

「〜してはいけない」は、普遍性を帯びている。「〜してはいけない」という思いには、そう思っているそのひと個人の問題にはとどまらない何かがある。

……

僕は、人を殴ったことも、人から殴られたことも、あまりない気がする。今思い出せるのは一例だけだ。中学生の時の部活中に、真剣に練習しない同級生の頬を平手打ちした。これは殴った例。殴られた例は思いつかない。

……

僕は、暴力に直接あったことがないのだろうか。

佐野洋子は、暴力が理解不能だから恐れている。
僕は同級生を平手打ちしたことがあるが、それが自分の発する暴力だったからか、そこには理解不能な感じはあまりなかった。

他人の暴力を、僕は受けたことがない……

と、書いていて、思い出した!
友人に殴られたことがあった。
でも、それも、理解不能な感じはあまりなかった……

あるいは、理解した気になっているだけ、なのだろうか?

……

理解不能な時に、素直に、「理解できない」と思えることは、大事だと思う。

……

「まだこの世が混沌として天も地も分かれていなかったところからザバァーと起き上がって来るものを見るような気がする」

「文明人になってしまった私は、暴力を前に理解不能になっているのが哀しくなる」

混沌は、本質的に理解不能だ。
理解可能だけど、今はまだ理解できていないとか、努力が足りないから理解できていないとか、能力が足りないから理解できていないとか、ではない。
絶対に理解できない、のが混沌だ。

絶対に理解できない(と感じる)ものに出会うというのは、幸運なことのように感じる。それは豊かな経験だ。しっかりとショックのある経験だ。

不気味なもの……
ウンハイムリッヒ……

フ、フロイト……?

なんか、嬉しくなってきた。
ショック受けたい!
暴力受けたい!
……みたいな気持ち。

いや、ふつうに嫌だけど。

なんだろう、僕は、佐野洋子みたいな、理解不能だから哀しくなる、不気味だから恐い、みたいな感覚を今のところ感じていない。
むしろ、歓迎! という気持ちがある。

でも、それに出会う経験は、単純に痛みがある。痛いから嫌だ、とは思う。これも佐野洋子と反対?

なぜ痛いかというと、そういう、理解不能なもの、天と地が分かれる前のもの、そういうものにザバァーと来られると、自分が壊れるからだ。厳密に言うと、自分が壊れることに自分が抵抗するからだ。抵抗しなければおそらく痛くない。殴られてもその場に立っていたら痛い。殴られた衝撃で後ろにフッ飛べば痛みは弱まる。

でも抵抗しちゃう。抵抗しちゃうから痛い。たぶん、自分を壊したくない理由が、いろいろあるんでしょう。

……

僕が、理解不能なもの、不気味なものを恐いと思わないのは、僕がそういうものに出会ったことがないからなのだろうか、もしかしたら。
あるいは、僕にはまだ、そういうものに出会う力がないということなのだろうか。そういう準備ができていないということなのだろうか。

……

とにかく、幸運だと思う、不気味なものに出会ってしまう体験は。とりあえずそれは言いたい。